「故人花トシテ」(獻上故人花)
灯篭が下りて 帰途を忘れ
燈籠隨波逐流而下 忘卻歸途
不甲斐なく天を仰ぎ 息を止めて歩いた
丟人地仰天 屏息前行
水下下らぬ 一世悼む
未漂至下游 哀悼一生
容易く そして散った 天に足掻く花よ
天空中掙扎之花啊 輕易地 隨之而凋零
不躾に豁然を説く 冷ややか「現」を推し量る
使之對無禮豁然 冷淡地猜測「現在」
情念嘯き殺むは 仮初の倖
扼殺感情 微不足道的僥倖
不意に抜けた 条理跳ねて こころ裂けた 訃音兆し
忽然消失 跳脫常理 撕心的 訃音之兆
白衣の老婆が 手を招いて 沈む夕日が 僕を笑った
白衣老嫗 招手 西沉的夕陽 嘲笑我
あえかに咲く花よ
初開之花啊
僕にも羽ばたく強さを
請你也給予我得以振翅高飛的堅強
灯篭が下りて 帰途を忘れ
燈籠隨波逐流而下 忘卻歸途
不甲斐なく天を仰ぎ 息を止めて歩いた
丟人地仰天 屏息前行
水下下らぬ 一世悼む
未漂至下游 哀悼一生
容易く そして散った 天に足掻く花よ
天空中掙扎之花啊 輕易地 隨之而凋零
ぼくと あなた わたし きみと ぼく あなた
我 與你 我 你 與我 你*
ぼくと あなた 落ちて 巡る
我 與你 墮落 不斷
灯篭が下りて 帰途を忘れ
燈籠隨波逐流而下 忘卻歸途
不甲斐なく天を仰ぎ 息を止めて歩いた
丟人地仰天 屏息前行
少しあと少し 願い馳せた
許下願望 只求再多片刻
悔やみて共に気付く 生きる事の辛さを
在懊悔的同時意識到 活着的艱辛
ぼくと あなた わたし きみと ぼく あなた
我 與你 我 你 與我 你
ぼくと あなた 落ちる 堂々巡る
我 與你 墮落 沒完沒了
灯篭が列なり 声を上げた
燈籠排成隊列 高聲吶喊
絵空なる面を跨ぎ 息を止めた葬列
跨過不現實的臉 屏息的送葬行列
少しあと少し 願う人よ
久一點再久一點 祈願之人啊
道連れた涙に見た 貴様らの醜さ
在伴隨着的淚中看見了 你們的醜陋
待ち焦がれた先に さらばえてと透ける
在翹企的將來裏 衰老
大切なものに気付き 心が溶けていく
意識到重要的事物 內心逐漸溶化
やがて花は風を生し空に消えていく
不久後花將隨風消失至天空中
不甲斐なく天を仰ぎ 疑心と共に問う
丟人地仰天 與疑心一同問道
人の幸のあるべきを
人的幸福應有的樣子
所詮人は人を忘れていくものであり、
人終究是會忘卻他人的生物、
孤独の中で夢や幻想をおいかけていくものだ。
亦是會在孤獨中追逐夢想或幻想的生物。
生きる事は辛く苦しい。
活着何其艱苦。
だから。せめて…それならば…。
所以。請至少……若是如此……。
ああ、今日もまた灯篭が下っていく。
啊,燈籠亦在今天隨波逐流而下。
*註解:
ぼくと あなた わたし きみと ぼく あなた:「ぼく」及「わたし」為第一人稱,前者多為較年幼的男性所用,後者兩性都可用、且較前者正式,但日常生活中多為女性所用;「あなた」及「きみ」為第二人稱,前者有「あちらのかた(那邊的人)」之意,較禮貌及疏離,後者帶「自己的年齡或地位等比對方高」的語感,同樣立場的男性之間使用可表示親密或批評、指責
根據作曲作詞的結他手九条武政的推文,「故人花トシテ」的歌詞描繪了他在父親去世時的心情,同時為了表達複雜的心情而把歌曲的構成及歌詞寫得很複雜;另外根據九条武政的官方Line網誌(已終止營運),最後並未唱出的歌詞同樣表達了他的想法,而全曲歌詞亦刻劃了就算對身邊的人失望、亦努力向前的人物形象,他認為若大家知道世上亦有人抱有這種想法後能在人生路上向前邁進,他便心滿意足
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